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Lemnos Sustainability 08

ふんぷんくろっく 10周年特別インタビュー

誰もが平等に持っている“時間”。 時計によって“時間”を知り、自分なりの使い方を選択することができる

2児の母でありインテリアのライターでもある土橋陽子さんがこの 「fun pun clock」 を形にしようと動き出した時、最初に相談に伺ったのが、日本モンテッソーリ教育綜合研究所主任研究員・櫻井美砂さんだった。 ブランド生誕10周年という機会に、改めて2人が再び話し合う。当時の制作話から、「時間」と「子ども」について。
photo & Interview 柿本真希(Lita)

 

日本モンテッソーリ教育綜合研究所附属『子どもの家』副園長
日本モンテッソーリ教育綜合研究所主任研究員
櫻井 美砂 (さくらい みさ)
日本女子大学家政学部 児童学科卒業 同大学院(人間社会研究科 教育学専攻)在学中。日本モンテッソーリ教育綜合研究所・教師養成通信教育講座「3歳~6歳コース」「0歳~3歳コース」ディプロマ取得。MOMTEP(ミズーリ州セントルイス)にてAMS 2歳半~6歳コース資格取得。保育士資格・幼稚園教諭一種免許状・小学校教諭一種免許状取得

 

土橋「まず試作をレムノスさんと作ってみて、櫻井先生に相談に伺ったんですよね。子どもたちに実際に使ってもらい、意見をたくさんまとめてくださったので、それを参考に調整を重ねていきました。例えば、おしゃれなデザインは子どもにとっては意味がないこと、そして根拠のない色を使うことを気持ちが悪いと感じる子もいるということなど、本当に目から鱗の意見がたくさんありました。子どもの意見に沿いながら、少しずつ形になっていったのですが、子どもの発達に対して必然性のある選択を重ねた結果、大人が見ても素敵だと思えるデザインの時計になっていったことを覚えています」

櫻井先生(以下敬称略)「土橋さんとはお子さん2人がこの園に通って以来のご縁ですが、時計は園でも大事な存在なので、子どもたちの意見が反映されて出来上がっていくことはいい経験でした」

土橋「今も園で使ってくださっていますが、子どもたちはどうですか?」

櫻井「その子の発達に合わせた形を選ぶので、子どもたちに時間というものを体感してもらう時、最初はもっとシンプルな形のもので伝えることもありますし、この fun pun clock で伝えることもあります。アナログ時計の方が時を刻むということが分かりやすいので、園では必ずアナログ時計を使っています」

 

まだ生活経験のない子どもたちは〝時間〟という感覚がわからない

土橋「ワークショップを主宰している時、時計が読めない子ども、それに困っているご両親が多かったんです。その時、子どもが読みやすい時計がないことに気づき、読みやすさを突き詰めるならモンテッソーリ教育の考えをベースに構築していくといいんじゃないかと思いました。子ども2人がこの園に通っていましたが、子どもたちはもちろん私自身も時間の使い方について考えさせられる機会が多かったように思います。お昼ご飯の前に〝1分が経ったと思ったら手を挙げて立ち上がりお弁当の準備を始める〟という時間がありましたよね」

櫻井「ありますね。時間の感覚は人それぞれ。1分間ってどれくらいなんだろうと、体感してもらうために行っていました。みんなそれぞれ自分の中でカウントするのですが、手を挙げるのが早い子からすごく遅い子までいて、それくらい感覚は違うものだとよく分かります。他にも例えば、アイロンが温まるまでは3分という場面では、砂時計を使って視覚的に時間をとらえます。こうして体感した時間と、「3分間」という言葉を結びつけながら、少しずつ時間の感覚を養っていくのです」

土橋「たしかに子どもは、まずは時間がどんなものなのか分かってないですもんね」

櫻井「そうなんです。大人は生活経験をしてきているから、時間の感覚がある。けれど、子どもは時間を意識して生活する経験をしていないのだから分からないんですよね」

土橋「園でのことはたくさん覚えていますが、線上歩行の時間も印象的でした。そこにも同じような意味があるのでしょうか?」

櫻井「頭に籠をのせたりスプーンに球をのせたりした状態で、線の上をはみ出さないように歩くという線上歩行。それによって、自分の身体を意識していきながら、自分自身の内面をコントロールする力を身につけていきます。ご両親や先生などの他者によるコントロールではなく、自分で自分をコントロールする。この積み重ねが、「自分で決める」「最後までやり遂げる」といった意志力の発達につながります」

実際のアナログ時計を見ながら数字を入れる時計の教具 一番上に「12」を入れるのが最初の一歩
<左から、タカタレムノス 菊地氏、土橋さん、櫻井先生>

 

モンテッソーリ教育から教わった〝待つ〟ということの重要さ

土橋「モンテッソーリ教育から学んだ時間の使い方の最も大きなことは〝待つこと〟だと思っています」

櫻井「そうですね。待つことはモンテッソーリ教育の基本です。保護者の皆さんも初めて親になるわけだから、「子どもたちのことを待ってあげてください」と言われても、「待つってどれくらい?」と分からないのが当たり前ですよね。子育てしながら、大人側が〝待つこと〟を覚えていくしかないんです」

土橋「待つことは、観察を促しているんですよね。最初は、子どもの何を見れば観察になるのか分からなかったんです。でも、幼稚園で人のお子さんと一緒に色々な活動に取り組んでいる我が子を見た時、自分の子どもを初めて見たという感覚があったことを覚えています。自分はそれまでちゃんと見れていたのかな?と振り返りました」

櫻井「例えば、子どもがパズルをしていて、正しい位置にピースを入れられなかったら、「あ!ここよ」と横から親が言ってしまうことってよくありますよね。我慢ができないんです。今正しい位置にピースを入れられなくても入れられても、そこは重要ではないんです。子どもが試行錯誤しているということが重要。大人はパズルがあると、これを完成させるという目的を知っているので、それが出来ないでいることは、うちの子は発達に遅れをとっているんじゃないかと思ってしまったりします。そこで大人はどうしても試行錯誤を飛ばして、教えたり直さなきゃいけないって思ってしまう。けれど、「あっ」と思った時に一度飲み込んでみて欲しい。そこで待つこと。そうすると子どもたちが自分で試行錯誤した上で、パチっと正しい位置に入れられる瞬間が現れます。それを見た時に、我が子が自分でできるんだと大人側が驚くことがあります。出来る出来ないではなく、試行錯誤を繰り返すことで、子ども自身も自分で解決する力、発見する喜び、最後までやり抜く忍耐力を持つようになります。待つということには、親が忍耐力を持って、子どもを観察するという意味が含まれているんです」

土橋「そうなんですよね。それを私も学んだというのに、今成長した子どもに対して待てず「何がやりたいの?」と詰めてしまったりもしています。大人側の意識が重要なんですよね」

櫻井「モンテッソーリ教育のベースにあるのが、自己教育力。子どもは自分で育つ力があるよということがまずあるのですが、そこを大人も信じて、その上で子どもを見ると待てるようになっていきます。お子さんそれぞれでペースは違う。だからこそ、我が子の自己教育力を信じて、じっくり見て待つことが必要になるのです」

年長さんは活動に集中しながらも、ときおりチラッと残り時間を確認する その姿に憧れ、年中さん年少さんも時計を見る習慣がつく

 

目に見えない〝時間〟を時計をきっかけに理解していく

土橋「時計を使ってくれたお母さんから「息子と私の人生が変わりました」とご連絡をいただいたことがあります。「子どもに3時までにこれをやりなさい」と伝えた時に、息子さんは時計をじっと見ていて、3時になって慌てて始めて、「これだと終わらないじゃないか」と自分をぶってしまっていたそうなんです。お母さんが fun pun clock を見せながら時間には幅があるということを教えたら、3時に終わらせるためには自分はここら辺から始めればいいんだと知り、頭をぶたなくなったとのこと。この時計によって時間の量を知り、時間の使い方を学んでいって欲しいという思いがあるので、本当に嬉しかったです」

櫻井「大人はもう全て知ってしまっているので、子どもが何が難しいか、何につまづくのか、分からないんですよね。大人から言葉で説明すれば子どもは分かるはずと思いがちですけど、子どもは生活経験が少ないから、言葉だけでは理解しづらい。特に時間は目に見ることができないから、砂時計や fun pun clock を使って、その時間の量を生活の中での動作と結びつけて伝えて体感していくこと、発見していくことには価値があると私も思います」

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知的好奇心を刺激し、自ら発見する。そういった環境づくりが大切に

土橋「モンテッソーリの園は、子どもが知りたがっていることを刺激してサポートできるように、教具が置かれていますよね。自ら興味を持たせ、それを自然とやってみることができるような環境というものは、子育て世代のインテリアを考える仕事の際にもとても役立っています」

櫻井「子どもの知的好奇心(知りたがっていること)を刺激したり答えるべく、その環境を散りばめておいています。その中で、子どもが自分で出会って発見していく。大人はただ待っているわけではなく、環境を作った上で待ち、観察し、子どもが自分で一歩踏み出していけるよう、そっと手は差し伸べます。ただ環境があればいいわけではなく、子どもと環境が関わっていけるよう結びつけていく。それを実現するためには、ベースに観察が必ず必要になります。そういった環境づくりの中で重要な一つが、時計だと思います」

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待つということだけでなく、その子の発達段階において必要か考える

土橋「待つことって理解していても本当に難しい。どうしても焦ってしまったり、押し付けてしまったり、近道させてあげようとしたり」

櫻井「観察と待つことは重要なのですが、状況やその子の段階も違うので、ただ待てばいいというわけではないところもあるんです。何か起きた時、その要因に何があるか、考えることがまず必要かもしれません。子どもに何か言う前に、まず大人の関わり方や、大人が子どもに対して影響を与えている何かがあるかどうか考えてみてください。生活の上で、我が身を振り返ることが必要なんじゃないかと思います。また、待つためになるべく大人は子どもに対して教えるということはしてはいけないと思われがちですが、一概にそうなわけではなく、教えるべきこともあるし、いけないことはいけないと言わないといけないんです。ただそれが大人の都合ではなく、その子の発達段階において必要なことかどうか、ということをまず大人側が考えることが重要になります」

土橋「それは子どもが高校生になっても、大事な考え方だと思います。その子の発達段階において、という前提で考えることはずっと必要ですね」

櫻井「そうですね。子どもだからと決めつけないことも大切だと思います。子どもだからといってなんでも許されるわけでもなく、家庭や社会の中の一員であるという自覚を持たせる必要もありますから。子どもは毎日成長しているから、今日出来ないことが明日も出来ないというわけではないんです。そして、必ず今出来なければいけないというわけでもなく、もう少し成長したら出来るようになったりする。大切なことは、その子の今の発達に合わせて、援助するのか、見守るのかを判断することです。判断する時には大人側のスキルが必要であり、それにはやはり観察力が必要になるんです」

 

誰もが平等に持つ〝時間〟は世界共通言語でもある

土橋「私は時計のデザイナーと言われたりもしますが、時計のデザイナーではないんです。たまたま時計だっただけ。では自分はなぜこれを作ったんだろう?と考えると、思い出すのは園のことが多くて。「幼稚園と自宅なら、自宅の時間のほうが圧倒的に多いんですよ」と子どもが幼ない頃に櫻井先生がおっしゃった言葉も印象的です。当たり前のことなのですが、改めて「確かにこの子たちの幸せな日常は私がマネージメントをサポートしなきゃいけないんだ」と思いました。そういう意識を持って過ごしてきて、今良かったなと思えるのは、子どもたちは進路や習い事など大事な場面で、「自分の生きている時間をどこでどう使うのか自分で選ばせてくれた」と言ってくれたことです」

櫻井「それは嬉しい言葉ですね。園だけではなく、ご両親もモンテッソーリ教育のことを理解してくださっていると、更に子どもの自己教育力が発揮されますね」

土橋「自分も幼い頃に時計が読めて、いつまでにこれをやりなさいと先のことも教えてもらい理解できていたら、きっと時間というものへの意識がもう少し違ったと思うんです。時間だけは唯一、誰もが平等に持っているもの。時間の使い方が、その人の人生を形作っていく。時計が読めない間は、その子は選択する指標がないんですよね。モンテッソーリ教育に出会えたこと、自分の幼い頃、子育て、そういったことが全て重なってこの時計を作ることになった気がしています。時計という存在は、世界共通言語のような存在なのだと思うんです」

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