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Story Vol.21

モダンクロックの多様な可能性を追い続けた末に辿り着いた最終期の作品

シンプルで奇を衒わず、見やすさを第一に時計の基本に忠実ながらオリジナル性の高いデザインでパーソナルクロックという分野を開拓し、1960年代後半から80年代前半にかけて日本のモダンクロック黎明期を牽引してきた渡辺力氏の最終期、1981年発売モデルの復刻品。

[文: 山本 章]
シンプルモダンに留まらない、その美しさを後世に伝え残す取り組みが高く評価され2021年グッドデザイン賞を受賞した「RIKI RING CLOCK」について山本章氏にお話を伺いました。

左:渡辺氏 / 右:山本氏

デザインクロックの世界から距離を置く、
その最終期1981年のデザイン

1960年代より続けてきたマスプロダクションクロックのデザインに一度区切りをつけ2000年にウオッチデザインを再開するまで、パブリッククロックや個人的な習作など一点物以外は時計の世界から距離を置く、その最終期1981年にこのクロックはデザインされました。折しも時代は高度成長からバブルへ、モダンデザインからポストモダンへと移行し始めます。そのような雰囲気に逆らうこともなく、しかし自らのポリシーからブレることもない渡辺力の姿勢が見え隠れしているようです。

この時計の存在はレムノスと渡辺が協働し始めた割と早い時期に既に分かっていました。しかし当時はRIKI CLOCKのシンプルで大胆な印象に圧倒されており、そのカタログ写真からは何か中途半端な物足りなさしか感じ取ることはできませんでした。その後小さな壁時計、スチールクロックなど、往年の名作を少しずつリデザイン、復刻していくのですが、その中で我々の時計を見る目、渡辺作品を見る目が鍛えられていったようです。例えば、日比谷の時計にしても代表作ではあるもののあくまでパブリックユース、屋内では迫力があり過ぎるので直ぐに製品化という話は出ませんでした。しかしある時期ふと「行けるのでは?」という声に皆が賛同し製品として成功したことも、同じ理由だと思います。渡辺の一連の作品の「体験」によってその良さを理解できるようになったとも言えるでしょう。

渡辺力はこの時計についてどう考えていたのかというと、実は何の言及もありません。あまたあるインテリア、プロダクトのなかで、思い入れの強い幾つかの作品以外は写真も残っていない場合も多く、その理由は「世に送り出した後にはその悪いところばかり目に付き、ああしておけば良かったという後悔しか残らないので」というものでした。パーソナルクロックという革新的アイデアであった小さな壁時計や、時計のためのアラビア数字の発見であったRIKI CLOCKという自信作の陰に隠れたあるいは実験的な作品だった可能性もあります。

モダンクロックの多様な可能性を
追い続けた末にたどり着いた境地

さて、では我々はこの時計をどう読み解けばよいのでしょう。それは、モダンクロックの多様な可能性を追い続けた末に辿り着いた境地、のようなものだったのではないかと思います。それまでの、ギリギリまで突き詰めた緊張感から解放された余韻、ある種の「抜け感」のようなもの。堅苦しいモダンデザインからポストモダンへの過渡期という時代背景も影響しているでしょう。そして自身が時計の世界からしばし離れる予感からの「まとめ」という意識もあったかもしれません。

氏の思い入れのあるメガネ針と円形の時刻みは、
見やすさと記号的シンプルさを基本に採用

使われているアラビア数字は氏を代表するCBS書体、しかし他のクロックに比べて太細のメリハリが強調されています。適度な大きさで配置されていることもあり、大胆というより繊細な雰囲気を醸し出しています。時針はアンティークの装飾的要素であるメガネ針、実は氏のアナログクロックの処女作と言われる和光の特注壁時計で採用していました。その他実現されなかった習作でも試されており、思い入れのある針だったと思われます。そしてそれと呼応するように時刻みに円を使っています。氏の時計は見易さということが第一、そしてシンプルさを突き詰めた先にある美しさが特徴です。多くの時計で太細長短のメリハリある時分針、時分刻みが使われていたのもその理由によるのですが、一見奇を衒っているようにも思えるメガネ針と円形の時刻みは、実は時と分の判別のし易さ、記号的シンプルさが基本にあるとすれば納得がいきます。

独自の雰囲気を再現するために繰り返した、
ミリ単位のアラビア数字の位置移動と
ミリ単位以下の線幅の調整

幸運にもオリジナルのクロックを手に入れて、復刻作業はスムーズに進むと思われました。盤面と針を正確にコピーして作っていくのですが、部品を組み上げオリジナルと見比べると何かが違う。長い時間見比べて何処が違うのか、例えば先に述べたようにCBSアラビア数字のメリハリとか、コンマ1ミリ以下の線の太さ長さやバランスなどを修正していきます。ところがやはりオリジナルの雰囲気が出ない。復刻品は文字盤に入れるロゴが中心上部のメーカー名から下部のRIKIへ変更され、シリーズアイデンティティ統一のため外周上に製品クレジットを入れるため僅かに外周幅が広くなっています。そのため数字や時分刻み等の指標の大きさや位置関係はオリジナル通りでも、時計としての印象は別のものになってしまうのです。この先は長く渡辺力のクロックを見続けてきたカンのようなもので、パッと見た時の同一感を大切に手探りで修正していきます。時計はシンプルな作り故に、誤魔化しが効かずデリケートで奥が深いものなのです。枠体構造も1から見直し、スチール絞り加工からより剛性の高いアルミ鋳造に変更しました。それにより製品に程よい奥行きと高級感が生まれ、また製造をグループ会社が担うことで安定した生産体制を確立できました。

RIKI CLOCK の迫力とは
対極をなす余白のある「抜け感」、
そして装飾的要素と機能の研ぎ澄まされた
バランスの美しさを持つRING CLOCK

時計に正面から取り組み、デザインクロックという分野を確立した渡辺力の一連の作品は日本のモダンデザインのマスターピースであることに間違いはありませんが、絶版となった名品を美術館や一部の愛好家に保存されるよりも、長く生産、販売され生活の一部として実際に広く使ってもらうことが、クロックのような機能の成熟した分野ではグッドデザインを体験できる最良の入り口になると思います。そしてそれが市場に求められ高い評価で受け入れられている事実は実用的なアーカイブの姿を実現していると考えます。渡辺力を代表するRIKI CLOCKの迫力とは対極をなす余白のある「抜け感」、そして装飾的要素と機能の研ぎ澄まされたバランスの美しさを持つこのRING CLOCKはシンプルモダンに留まらない、次世代の手本となる、後世に伝え残すべき重要な作品と言えるでしょう。

高田製作所の持つ
高度なアルミ鋳造技術を活用した時計枠

1981年当時から技術が進み、時計ムーブメントのサイズが縮小されその厚みは半分程度となり、時計自体を薄くすることが主流となっている現在、オリジナル時計が持つ程よい奥行きとボリューム感を大切に、敢えて同じ大きさを維持することで高級感を表現し、商品力を高めることを目指しました。また、オリジナルで用いられているスチール絞り加工の枠体は思いのほか変形しやすいことから構造を見直し、グループ会社の高田製作所が持つ高度なアルミ鋳造技術を活用しました。その結果、特徴的な形状はそのままに、剛性が向上し、シンプルな組み立てや配送時、ユーザーの設置時における取り扱いが容易になりました。そして、グループ間の協業は安定した供給と生産数量のコントロールを可能にし、製造、廃棄時の無駄をなくすように配慮しています。

この製造方法の見直しは単に商品力を高めることだけでなく、
今後も長期に渡り製造と販売を続けていくことを意図して取り組まれています。

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Riki Watanabe

(1911 - 2013)東京高等工芸学校木材工芸科卒業。母校助教授、東京帝国大学(現東京大学)林学科助手等を経て、'49年日本初のデザイン事務所を設立。東京造形大学室内建築科、クラフトセンター・ジャパン、日本インダストリアルデザイナー協会、日本デザインコミッティーの創設に深く関わる。京王プラザホテル、プリンスホテルなどのインテリアデザイン、ヒモイス、トリイスツール等の家具、また壁時計に始まり日比谷第一生命ポール時計などパブリッククロック、ウォッチまで時計の仕事はライフワークとなった。ミラノ・トリエンナーレ展金賞、毎日デザイン賞、紫綬褒章など受賞多数。2006年、東京国立近代美術館にて「渡辺力・リビングデザインの革新」展を開催。