Story
Story Vol.28
機能と素材に根本から向き合うことで生まれた「essent」の魅力とその背景
“心地よい革新”という視点のもと、多彩な領域でデザイン/クリエイティブディレクションを行っている北川大輔氏デザインによる、機能と素材に根本から向き合うことで生まれた壁掛け時計「essent(エッセント)」。発売以来、様々な媒体で紹介され、数々のデザインショップのバイヤーにセレクトされたessentの魅力について、デザイナーの北川さんに語ってもらいました。
Photography by Isao Hashinoki
-まずはじめにessentの特徴や魅力についてお聞かせください。
essentはこどもからおとなまで読み易く、様々な空間に馴染む新たなスタンダードを目指しデザインした掛け時計です。時間(12進法)と分/秒(60進法)が共存した表示、厚手の紙に箔押し印刷を施した文字盤は、シンプルながら豊かな表情と個性を持っています。掛け時計という限られた機能/素材/製法に根本から向き合い、今までにない新しさと違和感のない親しみやすさを併せ持った心地良い掛け時計です。
– essent のデザインはどのように発想されていったのでしょうか。
essentのデザインは、ふたつの糸口から生まれました。 ひとつは、私自身の子育ての体験と記憶からです。こどもが時計を読み始めるようになったころ、時間(12進法)と分/秒(60進法)の違い、時針と分針と秒針の違い、それぞれがわかり易く且つ自宅のインテリアに馴染む、というちょうど良いクロックがありませんでした。そこで、こどもでも分かり易く読める特徴があり、こどものためだけではなく様々な空間に馴染むデザインの壁掛け時計を創りたいと考えていました。 もうひとつは、素材と製法です。壁掛け時計の文字盤の多くは板材あるいはシート材へオフセット印刷もしくはシルクスクリーン印刷によって記されています。壁掛け時計にとって大きな特徴となる文字盤に、今までになく、しかし普遍的な表現を持った素材と製法を見出したいと考え模索していました。 そんなふたつの糸口が重なり、このessentが生まれました。
– ご自身の子育ての体験と記憶から、とのことですが「こどもでも分かり易く、様々な空間に馴染む」という点について、どのような工夫をされたのでしょうか?
壁掛け時計の文字盤の多くは1から12までの“時間”のみが表記されています。そこでまず時間を示す1〜12の数字と、分/秒を示す0〜55の数字を共存させるデザインを考えました。それぞれが分かり易くなるよう、大きさだけでなく色も変えているのも特徴です。 また針にも、分かり易くなるように工夫を施しています。こどもに「太い針」と伝えると時針と分針を容易に見分けられず、また「長い針」と伝えると分針と秒針を容易に見分けられない、という経験がありました。そこでessentでは、それぞれの針に異なる特徴を持たせています。時針はシンプルな単色に、分針は先端のみ0〜55の数字と同じ色に、秒針は全体を0〜55の数字と同じ色にしています。この数字と針の工夫によって、こどもでも分かり易く読める時計となっています。それらの要素と機能を前提に、あらゆる空間に合うようにフォントやそれぞれのデザイン、バランス、余白を細かく丁寧にデザインするよう心掛けました。
– 素材と製法については、どんな特徴があるのでしょう?
essentは、文字盤に厚手の紙を使用し、箔押しを施し表現しています。 essentのデザインに着手した際、壁掛け時計の顔とも言える文字盤の素材と印刷技法に改めて向き合い、新たな表現の可能性を探ることから始めました。「文字盤をより立体的で表情豊かなものにしたい。」その視点から、essentでは印刷の原初といえる凸版印刷に着目しました。そして、凸版の持ち味である立体感を最大限活かせる素材であり、均質でありながら表情豊かな素材として、文字盤に厚手の紙を選定しました。3種の紙はそれぞれに、紙らしい表情と上質感を持ちながら、プロダクトとしてある程度の均質感のあるものを選定しています。いずれも環境に配慮されたFSC森林認証紙であることを前提に選定いたしました。そこに、凸版の持ち味である「押し感」を表現するために、箔押しと空押しを施すことで今までにない豊かな表情と質感を持った文字盤に仕上がりました。
– 箔押しの質感も面白いですね。
essentには3つのカラーバリエーションがあるのですが、1〜12の数字と棒指標には白と黒の箔を使用し、0〜55の数字にはそれぞれゴールド、シルバー、カッパーの箔を使用しています。それにより、インクでは表現しきれない艶感や金属感といったこれまでにない豊かな深みと表情を備えることが出来ました。実はこれだけの大きさの箔押しを一度に施すことは容易なことではありません。高度な箔押し技術により数々の世界的ブランドから高い評価を受けている株式会社和香との協業により実現しました。
– 文字盤に使われている書体はオリジナルと伺いましたが、どんな意図でデザインされたのでしょうか?
当初からオリジナルの書体を作りたいと考えていました。新しくも普遍的な印象を持ち、可読性に優れた書体を、と。そこでessentでは、サンセリフ体の中でも世界中で広く使用されている「Helvetica」と「DIN」を参照しながらそれぞれの良い点を抽出し、新たな書体を創り出しました。0.001m m単位の微調整を幾度となく繰り返すことで、スッキリとした印象で違和感なく自然と目に入ってくる書体が出来ました。
– 薄く繊細な枠体も印象的ですね。
この表情豊かな文字盤と調和する薄く繊細な時計枠体は、富山県高岡市の伝統技術であるアルミ鋳造を用いて一つ一つ丁寧に作られおり、その製造はレムノスのグループ会社である高田製作所が担っています。文字盤と針に個性を持たせたぶん、枠体は極力シンプルで繊細なものにしたいと思い、アルミの枠体を選択しました。ゆがみのない正確な円形状はシンプルながら凛とした美しさを持っています。
– 最後にメッセージをお願いします。
essentは、私自身の体験と、レムノスとの長いコミュニケーションから自然と浮かび上がってきたデザインでもあります。こどもからおとなまで様々な世代に、そしてプライベートからパブリックまで様々な環境で使用されることを思い描き、丁寧にデザインしました。ひとりでも多くのかた、ひとつでも多くの空間に届き、日々の生活や思い出と共に時を伝えてくれることを願っています。
北川さんとレムノスとの妥協のないものづくりは、何度も会話を繰り返し、お互いが納得をいくまで時間をかけて製品の完成度を高めてきました。 そのスタイルはシンプルながらも確かな個性があり、細部にまで徹底的にこだわりを表現することで、これまでにない新しい価値を生み出しています。
北川 大輔
Daisuke Kitagawa
2005年に金沢美術工芸大学を卒業。家電メーカーを経て、2015年に株式会社DESIGN FOR INDUSTRYを設立。関わる全ての人とともに分かち合える“喜び“を創り出すことを信条に、家具や日用品から伝統工芸、家電、ロボット、先端技術研究開発、新素材開発、ビジネス開発、都市ブランディングなど国内外・問わず多彩な領域にて、“心地よい革新“という視点のもと、デザイン・クリエイティブディレクションを行う。
GOOD DESIGN AWARD、GERMAN DESIGN AWARD winner、iF DESIGN AWARDなど受賞多数。